セスタス 記憶に残る名シーン 有能な差配人・奴隷秘書――ナシカ

『拳闘暗黒伝セスタス』
11巻～13巻・第 Ⅹ 章エピローグ 「歓呼響く」　まで。
ポンペイの富豪・ファブリウス家の差配人、有能な奴隷秘書
ナシカの名場面。第11巻・第 Ⅳ 話　 「まなざしの彼方に」 。

人間の 「本質」 が表れるとされる人相学で、
自我・自尊心を表すと言われるのが、『鼻』 。
自分自身を表すとき、鼻を指差しますね。

「鼻曲がりのナシカ」　のエピソードには、
鼻という人体の部位・パーツを用いて、ナシカの
人柄、人間性、人生の価値観が巧みに表現されています。

幼少の頃、ファブリウス家に買われたナシカは、
人徳厚き高潔な先代当主に教養を与えられる。
傑物が後継者に恵まれぬのは古今東西ある事ですが……

挫折も渇望も、人の痛みも知らぬ、「永遠の王子様」 。
�代目当主ファブリスから次世代に家督が引き継がれるまで
同家を支え存続させるのが、彼の崇高な 『使命』 。

幼少の頃のナシカとファブリス。対照的な２人の描写がある。
命じた買物の使いでナシカの商才を見抜いた先代当主が、
浪費癖のなおらない愚鈍な息子・ファブリスの前で、
奴隷のナシカの働きを認め、息子を叱り注意を促すシーン。

「その歳で借金とは何事じゃ。
信用されぬ大人になってもいいのか」

ほんと、信用されない大人になりたくないものです（ーー；）汗

ファブリウス家に隔世遺伝で、優秀で聡明な後継者が生まれ、
親を反面教師として家督相続、立派な跡継ぎが誕生すれば、
ナシカの苦労が報われる日がくるのかもしれません。

先代当主へ、父への慕情にも似た尊敬の念を彼はいだく。
酒に酔った息子が、亡き先代当主の彫像に酒を浴びせてしまい、
部下の奴隷が彫像を磨くも、シミひとつ残してはいけないと、
大旦那様の大理石の彫像を念入りに磨き、部下に教え諭す。

今日の立場を築いた苦労人ナシカの生き様が見える、後姿。
私にとって忘れられない名場面。心が揺さぶられます。

優秀有能な実力ある人間は 「野心」 「野望」 をいだき、
主人を裏切り造反するのが、厳しき人の世の常。
だが、彼は自分の意思で 『忠誠』 の道を選んだ。

「この人は他の奴隷とは
違う目標（もの） を見ている気がする」

誰よりも早く起き、遅くまで働く、ナシカの姿を見て思う
セスタスの言葉が印象的です。

第 Ⅲ 話 「宴」 では、ファブリウス家の宴で上司ナシカの下、
給仕（ウエイター、ボーイ） として働く、
貴重なセスタスの１日体験バイトが見れます。

妖艶な美熟女貴婦人、おばさま達に大人気のセスタス（笑）
無数の不条理に満ちた、現（うつつ） の世――

セスタスとエムデンの純粋な男同士の勝負にふれ、
屈折した自尊心、斜に構えた目線で世界を見つめていた
彼の心境に変化が訪れる、心の 「ゆらぎ」 が興味深い。

屈折しているけれど忠誠心はとても厚いという複雑さが、
人物像に奥行きを与えています。この、厚みのある人物像。
それこそが、練りに練られた技来静也先生の
創意工夫、秀逸な表現力なのだと思いました。

『拳闘暗黒伝セスタス』　　第11巻・第 Ⅳ 話
「まなざしの彼方に」――

ナシカの魅力的な人物像が垣間みえる忘れられない名場面。
セスタスの中でも、私のかなりお気に入りの感動シーンです。